大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2719号 判決 1981年2月23日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 鎌田久仁夫

被控訴人 橋本弘之

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 内藤貞夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人橋本弘之に対し、金三八万四、五〇〇円及び内金二〇万円に対する昭和五二年八月一日から、内金一八万四、五〇〇円に対する昭和五四年一月二三日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を、被控訴人久木田一章に対し、金三四万五、〇〇〇円及び内金一五万円に対する昭和五二年八月一日から、内金一七万五、〇〇〇円に対する昭和五三年一一月二五日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を、被控訴人星美代子に対し、金四二万二、〇〇〇円及び内金二五万円に対する昭和五二年八月一日から、内金一七万二、〇〇〇円に対する昭和五三年六月二〇日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その四を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

三  この判決は、第一項1の金員支払部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

1  原判決二枚目裏五行目の「頭初」とあるのを「当初」と改める。

2  同四枚目裏四行目の「甲第一」の次に「(昭和五二年七月二二日被控訴人久木田が被控訴人らの各居室の天井及び天井裏を撮影した写真である。)」と加え、同七行目の「乙第一号証の成立は認める。」とあるのを「乙第一号証が控訴人主張の写真であることは認める。」と改め、同九行目の「乙第一号証」の次に「(昭和五三年六月二〇日控訴人が一階天井裏を撮影した写真である。)」と加える。

(控訴人の主張)

1  被控訴人らが盗聴器と主張する天井裏の金具はインターホンであり、これと親器とを接続しなければ盗聴の機能を有しないものであるが、控訴人は、右インターホンと親器との結線工事をしたことはない。したがって、インターホンを盗聴器として機能させたことはない。

2  被控訴人らはその主張にかかる盗聴器を昭和五二年七月頃発見したにもかかわらず、被控訴人星が本件居室から転居したのは本訴提起後の昭和五三年六月二〇日であり、被控訴人橋本、同久木田両名は、原判決言渡当時、いまだ本件居室に居住を続けていたものである。したがって、被控訴人ら主張の盗聴と転居との間に因果関係はない。

(被控訴人らの主張)

1 仮に、控訴人に盗聴の事実がないとしても、控訴人は被控訴人らの各居室に盗聴をなしうる設備をしたことにより被控訴人らの平穏な生活を侵害したものであるから、不法行為責任を免れない。

2 被控訴人らが盗聴器の設置に気付いたのは昭和五二年六月頃であるが、被控訴人らは盗聴による侵害行為を防止するため、電線を一本外し、盗聴用の穴をふさぐなど所要の措置を講じたうえで、責任を回避する控訴人に自覚を促すため本件居室に留まっていたものである。したがって、被控訴人らの転居の時期と損害の発生に関する控訴人の主張は失当である。

(証拠の関係)《省略》

理由

一  被控訴人らが控訴人から東京都大田区北千束二丁目二五番七号所在の建物(以下、本件建物という。)のうち二階の三室の各一室(各六畳及び四・五畳の台所付)を賃借し、被控訴人橋本は昭和五二年三月一六日から、被控訴人久木田は同年五月二四日から、被控訴人星は昭和四九年五月二八日から、いずれも右貸室に居住したことは当事者間に争いがない。

二  被控訴人らは、控訴人が被控訴人らに賃貸する前から各貸室の天井に盗聴器もしくは盗聴をなしうる器具を設置し、被控訴人らに対し右各賃貸時からその生活を侵害し続けてきたものであると主張する。

1  そこでまず、控訴人が盗聴器あるいは盗聴をなしうる器具を設置したかどうかについて検討する。

《証拠省略》を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件建物は二階建であって、一階には六畳間二室(和室、洋室各一室)、二階には六畳間三室(もっとも各室には台所、トイレが付属している。)がある。そして、一階は、和室を控訴人夫婦が、洋室を控訴人夫婦の子供二人がそれぞれ使用し、二階の各室は被控訴人らが後記のとおり転居するまで居住していた。

(二)  控訴人は、電気工事業を営む者であるが、昭和四七年頃本件建物を建築するに際し、二階天井裏に導体径〇・八ミリの二芯OPケーブルを配線し、これを一階の天井裏まで引いておいた。そして、被控訴人星が本件建物の二階の一室を賃借した昭和四九年五月二八日頃までには、右二階の各室の六畳間のほぼ中央の天井裏にスピーカー様部品各一箇(及びこれと同じ部品合計三箇)を右OPケーブルに接続して設置した。なお、右設置箇所の直下の天井板部分には、いずれも小さい穴が明けられていた。

(三)  右スピーカー様部品三箇は、いずれも、スピーカーとコンデンサとで構成され、スピーカーは、ダイナミック形といわれる種類のもので、インピーダンスが32Ω、定格入力が〇・一W、口径が四五mmであって、インターホン、ラジオ等に用いられるタイプのものであり、コンデンサは、三・三μFの静電容量であって、音声帯域周波数成分は十分通過するものである。したがって、右部品は、いずれも、マイクロホンとしての受信機能を有し、これで集音したものを増幅器とスピーカー(通常、親器と呼ばれている。)に接続すれば、人の会話を聴き得る性能を有するものである。

(四)  ところで、右スピーカー様部品は、親器がなければ、現実には受信できないものであるところ、本件装置が被控訴人らに発見され、控訴人と被控訴人らとの間で盗聴問題について話合われた昭和五二年六月半頃以降には、本件建物の一階の控訴人及びその家族の居住部分に親器が装置されていなかった。そして、それ以前においても、親器が設置されたとの確証はない。

しかし、控訴人において、前記スピーカー様部品及び一階天井裏まで引いてあるOPケーブルを用いて、一階のいずれかの部屋に親器を装置すれば、被控訴人らの各居室の会話を聴取することは可能であり、また右親器の設置等の工事は、電気工事業を営む控訴人にとっては容易な状況にあった。

以上のように認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、控訴人は被控訴人らの各居室の天井裏に被控訴人らが会話をすればこれを受信しうる性能を有するマイクロホン各一箇を設置してこれに電線を接続させ、一階の控訴人の居住部分付近の天井裏まで配線したものであり、盗聴の事実は認め難いが、控訴人において、親器を装置しさえすれば、いつでも盗聴が可能な状況下にあったものというべきである。

2  次に、右インターホンの取り付け及びこれに配線をした控訴人の意図について調べてみる。

控訴人本人は、この点に関し、原審及び当審において、「最初は、火災報知機をつけるつもりでOPケーブルを二階各室に配線したが、親器である受信板が高価なので取り止め、その後、二階の各室の居住者に呼出電話があった際に使うつもりでインターホンの子器を取り付けたが、夜遅いときなど呼出をすることは却って煩しいので、その計画も取り止め、親器も設置しなかった。そのようなわけで、一階天井裏に配線を丸めておき、放置していた。」旨供述し、さらに、天井裏にインターホンの子器を取り付けたことについて、当審において、「インターホンを玄関などに取り付ける場合は壁につけるが、病院の病室などに取り付ける時は、天井に埋込みのスピーカーを付けてインターホンとして使っている。」と供述する。

そこで、右供述の信憑性について吟味するのに、なるほど、《証拠省略》によれば、昭和五二年七月二〇日に被控訴人らと控訴人及びその妻花子が話合った際、右花子が「控訴人から火災報知機のために配線したということを聞いている。」と発言していることが認められること、また、OPケーブルは耐熱用の単価の高い電線であることが当審における控訴人本人の供述によって認められること等を考え合わせると、控訴人が同電線を最初に配線した時には、火災報知機を設置するつもりであったことが窺われる。しかし、控訴人が右OPケーブルにインターホンの子器三箇を前記二階各室の天井裏に取り付けた意図に関する控訴人本人の右供述は、右インターホンの子器の設置場所が被控訴人ら居住者の見えない天井裏にわざわざ取り付けられていること前記のとおりであるうえ、右のような場所に右子器を設置することについての控訴人本人の供述に納得し難いものがあることならびに弁論の全趣旨に照らして措信することができない。

そして、以上認定の諸事実に徴すれば、控訴人がインターホン子器を天井裏に密かに設置したのは、これに親器を装置して二階各室の居住者から盗聴する意図があったものと推認するのが相当である。

3  そこで、右2、3項で認定した事実に基づいて被控訴人らの平穏な生活を営む権利が侵害されたかどうかについて検討するのに、本件においては、控訴人が盗聴の意図をもって、本件インターホンの子器を取り付け、これに接続する配線がなされており、しかも、控訴人が親器を取り付けるならば(しかも右取り付けは容易である。)、被控訴人らの各居室内の会話が盗聴され得る状況にあったものである以上、親器が装置されたことを認めるべき証拠がなく、したがって、現実の盗聴行為も認め難いからといっても、被控訴人らの平穏な私生活は、控訴人の右インターホン等の設置により故意に侵害されたと認めるのが相当である。

三  そこで進んで、本件不法行為によって被控訴人らが被った損害について判断する。

原審における被控訴人ら各本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、盗聴の用に供しうる器具等がそれぞれの居室の天井裏に設置されていることにより盗聴されたのではないかという図り知れない嫌悪感と憤りを覚えたこと、しかし、被控訴人らは互に励し合いながら、事案の真相及び控訴人の責任を明らかにしようと考え、本訴提起後も本件各室に居住を続けたが、被控訴人橋本は、遅くとも原判決言渡の日(記録上昭和五三年一〇月三〇日であることが明らかである。)の後である昭和五四年一月二三日までに、被控訴人久木田も同様、昭和五三年一一月二五日に、また、被控訴人星はこれより先の昭和五三年六月二〇日にそれぞれ転居したこと、右転居に際し、被控訴人橋本は金一八万四、五〇〇円、被控訴人久木田は金一九万五、〇〇〇円、被控訴人星は金一七万二、〇〇〇円の転居費用をそれぞれ要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

控訴人は、被控訴人らがその主張する盗聴器を発見した後も居住を続けていたことを挙げて、盗聴と転居との間に因果関係はない旨主張するが、被控訴人らが転居を遅らせた理由が前記のとおりであると認められる以上、転居は本件不法行為に基因するものと認めるのが相当であり、したがって、控訴人の右主張は採用することができない。また、被控訴人らが被った損害として主張する本件各室の入居費用は、右転居費用が認容されることにより填補されるものであるから、右費用の請求は理由がない。

次に、慰藉料額について判断するのに、本件不法行為によって被控訴人らがうけたであろう精神的苦痛が少なからざるものであったことは推認するに難くないのであり、前記認定の本件不法行為の態様、被控訴人ら各自の入居期間その他諸般の事情を綜合勘案すれば、慰藉料の額は、被控訴人橋本については金二〇万円、被控訴人久木田については金一五万円、被控訴人星については金二五万円をもってそれぞれ相当と認める。

四  以上によれば、損害賠償額は被控訴人橋本については、金三八万四、五〇〇円、被控訴人久木田については、金三四万五、〇〇〇円、被控訴人星については、金四二万二、〇〇〇円となる。ところで、被控訴人らは、右損害賠償に対する遅延損害金として、本件不法行為の後である昭和五二年八月一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求めているが、右のうち前記認定の各慰藉料分については、被控訴人らの請求は正当であるが、各転居費用分については、現実に被控訴人らに損害が発生したのは、前記認定の各転居の日以降と認めるのが相当であるから、転居前の遅延損害金の請求は理由がないというべきである。

よって、被控訴人らの本訴請求は、控訴人に対し、被控訴人橋本が金三八万四、五〇〇円及び内金二〇万円に対する昭和五二年八月一日から、内金一八万四、五〇〇円に対する昭和五四年一月二三日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を、被控訴人久木田が金三四万五、〇〇〇円及び内金一五万円に対する昭和五二年八月一日から、内金一七万五、〇〇〇円に対する昭和五三年一一月二五日から各支払済に至るまで前記同率の金員を、被控訴人星が金四二万二、〇〇〇円及び内金二五万円に対する昭和五二年八月一日から、内金一七万二、〇〇〇円に対する昭和五三年六月二〇日から各支払済に至るまで前記同率の金員の各支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

そこで、原判決を右の判断の趣旨に従って変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 糟谷忠男 渡辺剛男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例